2017/04
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ぶらんこゆらゆら
 
  学校の帰り、もう日が暮れているというのに、ブランコが揺れ
 ていました。

  たった今、誰かが立ち去ったあとのようなブランコ。

  毎日のように通りかかり、日の長い間は、夕方も誰かしら子ど
 もを乗せて揺れていたブランコ。

  一度だって乗ってみようなどとは思いもしなかったプランコ。

  その日は、無人の公園で勢いよく揺れているブランコに何故か
 惹きつけられてしまい、思わず乗ってしまいました。

  大きなバッグを肩にかけたまま、不自然にブランコをゆらして
 いると、サラリーマンと思しき通行人が前を通りました。

  何だか我にかえると恥ずかしく、すぐに降りて歩きだしました。

  以前見た黒澤監督の『生きる』の志村喬のアップを思い出して
 いました。


  私は、生死の際で慟哭していたわけではありませんが、何とな
 く心のなかでは泣いていたのです。

  ブランコは大人が泣くと良く似合う。詩人金子光晴の愛人役の
 関根恵子(高橋恵子)が、かつて映画でブランコによく乗ってい
 たシーンがありました。夕暮れのブランコは大人のものなのでし
 ょう。


  君は覚えて~いるかしら~あの白いブランコ~


  こんな歌もありました。私がゆらしてみたブランコは白くもな
 くおしゃれではなかった。けれど…


  たった数秒のことかも知れなかったのですが、ブランコは私に
 『さあ、元気だして』と背中を押してくれたような気がします。

  私の降りたブランコの揺れに、また後を通りかかった誰かが、
 心を痛くして乗っているかもしれません。

 






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桜桃忌ですね。
 

  今日6月19日は『桜桃忌』。太宰治の命日です。
 

  101回目の誕生日でもあるのかな。




  後期の授業には、太宰治の作品をとりあげてみようかな。

  茶目太は太宰の作品で卒論を書きました。全部の作品を
 読んだのはこの作家だけです。書簡集やら他の人が描いた
 太宰像やら、学生時代は太宰関連のものしか読まなかった。

  しばらく食傷気味で離れていたけれど、昔の恋人を想う
 みたいにまた読んでみようかな。

  ちなみに、いつも片思いに身を焦がしていた茶目太です。
 何故か。もてなかったから。とほほ

  究極の恋は片思いだと思いますよ。叶わぬ恋ほど、すて
 きなものはない。

  そうですよね? ミリわんさん、サクラさん。

  太宰治は、片思いに身を焦がすことはなかったのでしょ
 うか。そんな気がします。

  比較的安易に恋に落ちてしまったかも。本当の恋、相手
 を密かに恋することの素晴らしさを経験していないかもし
 れないと最近想いました。

 
  妻子がありながら、他の女性と心中した太宰の遺書が、
 奥さんの死後発表されましたが、「本当はあなたを愛して
 いました。」というものでした。

  太宰は死の病に冒されていたので、心中しなくても長く
 は生きられなかっただろうと思います。

  心中でしめくくり、自分の作家人生を完結した計算高い
 人だったのかもしれません。


  一緒に死んだ人のことを想うと可哀そうです。

  でも、太宰と死ねるというのは、また女性の側からする
 と、またそれも何か計算高さも感じられなくもありません。

  遺される妻子を冒瀆しても尚、得るものがあった
 のでしょう。それが愛だったとは、思えないのだけれど。

  一緒に死ぬという行為が、本当は一緒になど死んでいな
 いようで、なんとも言えない気持ちになります。


  遺していく妻子が生活に困らないよう、実人生でも小説
 のような死に方をして、作家としての地位を不動のものと
 して、大きな遺産を遺したのでしょうか。  


  茶目太が愛してやまなかったひとりの作家の本心はどう
 だったのでしょう。100歳の太宰には会いたくはないなと
 思うのは私だけではないでしょう。永遠の苦悩の人、太宰。






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『思いたい』の続き
 太宰治「桜桃」の一節、『子供より親が大事』と思いたい・・・でも、
そうはいかないのは、自分が一番よく知っている。つらいよなあ。

 太宰治は、そう言いたくて、敢えて『子供より親が大事』と書いた
のですね。

 この心情に、私が宮沢賢治の「雨にもマケズ」の『私はそういう人
になりたい』に通じるものを感じたのは、何故だろう。

 一見、何のつながりもない気もします。

 遡ると、小さい頃知った『雨にもマケズ』の詩がその頃は、偉い人
がいるもんだなあ、何てすばらしい心がけだと単純に関心していた
茶目太。

 ところが大人になって、何かの機会に「雨にもマケズ」をふと読み
返すことがあって(曖昧な記億では”宮沢賢治生誕何年”とかで、
高島屋かどこかで、何らかの展覧会があったような・・・)、それで
改めて宮沢賢治のこの詩から、苦悩のようなものを感じ取った記億
があるのです。

 この詩は、決してすばらしい心がけを誇って詠っているのではない
ことに、気づいてしまってから私は宮沢賢治の苦しみの深さを知った
と言うか、心根の美しさに打たれて、単純に解釈していた子ども心の
自分の方が楽だったなあと羨ましくさえ思ったのです。

 みんな誰だって、いい人になって人のためになって美しく生きたい
に決まっている。でも、生きていくためには醜い自分に吐き気を催し
ながら、自分の醜い部分にも目をつぶらなければ、人生は破綻して
しまう。

 生きるということは、きれいごとでは、済まされないから。

 それがわかってしまったとき、茶目太は宮沢賢治の「雨にもマケズ」
の詩の悲しさが辛くて胸が痛いのでした。

 で、太宰治の『子供より親が大事』と思いたい親の心情。

 本当を言えば、『思いたい』というのとも違う。そういう風に『思えな
い』自分の中の親心の辛さですかね。

太宰治「桜桃」はこちらをクリックでご覧になれます。

宮澤賢治『雨にもマケズ』の詩はこちらをクリック!






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『桜桃』より
  桜桃が出た。
 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供た
ちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこ
ぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、
首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾りのように見えるだろう。
 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては
種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で
虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。
                              (太宰治『桜桃』)


 時間があったので調べてみました。前回「思いたい」と書きましたが、
これは茶目太の思い込みのようです。自分で足してしまったのですね。
 でも、間違っていないとは思います、心情的に。




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桜桃忌、忘れていました。
 おはようございます。

 昨夜は、両肩・背中、腰の4箇所に大きなシップを貼り、早めに
(と言っても午前一時を過ぎてしまった)寝たら、もう6時前に目が
覚めてしまいました。

 出勤時間を考えると、まだ一時間は寝ていられるのですが、今ま
た寝てしまうと起きるのが辛いと思い、「えぃっ」と起きました。

 この「えぃっと」まで数分要しましたが・・・。この数分間で、昨夜
見た太宰治生誕100年記念と銘打って再放送されていた(TBS
チャンネル)太宰治のドラマを思い出していました。

 これは偶然、見ていたチャンネルで次の番組で放送されるのを
知り、そのまま付けっ放しにして見たものなので、あまり真剣には
見ていませんでしたが、ところどころは画面に集中してしまいまし
た。妻役の、寺島しのぶも良かったので。

 以前見ているので何となく覚えているシーンもあり、”とよえつ”っ
てかっこいいなあとも。惚れ惚れしてしまいました。

 本当の太宰治より数段かっこよいかも。とはいえ、写真で見た、
太宰治の面影が重なるときもあり、なかなかよくできているドラマ
だなあと再確認。

 さくらんぼうが店に並ぶ頃になると、『桜桃忌』(太宰治の命日)
を思い出す人は多いと思います。太宰を卒論のテーマにした、茶目
太もそのひとり。

 『こどもより、大人が大事と思いたい』、(原文通りか曖昧ですが)、
その一文が『桜桃』のなかの心に響く一文でした。

 「思いたい」のであって、「思う」のではないのです。

 これは、宮沢賢治の「雨にもマケズ」の中の「私はそんなひとにな
りたい」の「たい」と同類の「思い」だと思います。

 若い頃、一応そう解釈はできていたものの、年を重ねて確信に近い
解釈が出来るようになっていました。

 そろそろ出勤の支度をしないと・・・。続きは帰宅後に。 

 





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茶目太、幼少の頃

茶目太

Author:茶目太
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  ようこそ!
 
 不登校等の問題を抱え
入学してきた、少人数制の高校の生徒たちとの学校生活と 
のほほん私生活。
 失敗ばかりの毎日も、
  笑って過ごせば、
   明日も、元気!
 泣いて笑って、また笑って。
やさしい息子と超天然の母が、                いつも茶目太の味方。
   茶目太と一緒に                    笑っちゃいましょ。

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